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藁谷 友紀(早稲田大学教授)

まちを戦略論的に考える

早稲田大学教授
藁谷 友紀

藁谷友紀

都市の魅力についての議論がさかんであり、多くの調査が行われている。そこでは魅力が評価され、ランク付けがなされている。多様な角度から都市の競争力が問われている。

社会科学においては、競争力を分析し、競争力を強化する手段についての論議を、経営学の戦略論に見出すことができる。組織の戦略論は、組織を囲む外部環境が激変した時に問題となる。外部環境の激変下では、それまでのルーティンが通用しなくなる。組織の構成員は、ルーティンに従い、勤勉に働くことを通して組織の目標が達成される、そうした幸せな状況から放り出されることになる。目の前の一見最適な行動は、中長期的最適性を保証せず、むしろそこからの乖離を大きくする。果たして何をなすべきか。改めて組織の存在意義を問い、組織が進むべき基本方向、最適性に向かう経路を確定することが求められる。戦略(ストラテジイ)の策定である。戦略は基本的方向付けであるから、時間軸は中長期である。方向を実現するために其々の局面でいかに行動するかを示す方策は、戦略に沿う形で決定される。

私たちは、変化・変更を日々不断に、ルーティンの中に織り込んでいる。雨が降った時には傘をさし、寒い時には厚着をするように。ここでの適応的変化は、ルーティンそのものである。

都市を囲む外部環境は激変している。グローバル化や情報技術・ネット環境・AI技術の展開は、社会の在り方を一変させつつある。その時に、「激変」を認識できるか否かは、我々の、組織の「能力」の問題かもしれない。今まで通りにやれるか否か。それは、現場の経験に培われた感受性を含むものであろう。

激変を認識しその内容を理解したら、戦略を構築することになる。戦略を立てる際には、自身の強み、弱みを理解し、競争相手あるいは市場を分析し、機会と脅威を明らかにすることから始める。「彼を知り己を知れば百戦危うからず。」まさに孫子の兵法である。

かつてある野球監督は、シーズン前に、そのシーズン(当時は年間)に向けた戦略を策定した。目標はシーズン優勝である。それを実現する戦術は、捨て試合を作ることであった。投手のローテーションをしっかり守るために、その谷間の試合は負け試合とし、決してローテーションは崩さなかった。他方それに対抗する監督は、その考え方に真っ向から反対した。いずれの試合でも観客は満足して球場を後にして欲しいと発言した。谷間の試合は作らず、勝つ投手を使った。ローテーションは崩れた。後者の監督の試合はスリリングであったが、毎試合勝つはずの投手は無理がたたって負け始め、優勝を逃した。多くの観客を集めたが、優勝できない責任を問われた。前者の監督については、中長期の戦略論的考察から見た時、1年間の戦い方が、何シーズンにも渡って常勝するチームを作ることに結びついたかが問われる。そこでは人材育成も含まれる。

都市の魅力は、ツーリズムや経済的立地性、環境など多様な側面からなる。何よりもそこで生活する生活者の視点を包含する。生活者の視点には、日々の生活に必要なルーティンに属する要素が多く含まれる。日々の生活を支える着実で質の高いサービスの提供が一つの根幹をなす。ルーティンと変化。外部環境の変化に対する感受性を研ぎ澄ますことの難しさがそこにあるのかも知れない。しかし、AI技術の展開により、企業、産業が様変わりすることが、さらには生活空間自身が様変わりするのかもしれない。外部環境に適応する一方、外部環境に働きかけ、生活し易い環境を創り出すことも求められるのかもしれない。

変化を肌で感じ取り、行政に活かすことができるのが、基礎自治体としての特別区である。行政単位としての都は、住民の距離が遠いかも知れない。新しい都市の魅力を大いに展開するための原動力は特別区、すなわち「まち」にある。

注:タイトル「まちを戦略論的に考える」は、西川太一郎・藁谷友紀・ホルストアルバッハ編『基礎自治体マネジメント概論』に含まれる(2018年三省堂)。ご参照頂けたら幸いである。